イベントハイライト
- 主体性のある学びを提供できる最善の場を"学校"で作れるのか
- 神山まるごと高専は、チャレンジャーたちにとって心理的安全性の高い場所
イベント概要
「テクノロジー×デザインで、人間の未来を変える学校」を掲げる、神山まるごと高専(仮称)は只今学校づくり爆進中。
老若男女、面白い人間の叡智を集め、日本の限界に挑む最高の学校を作るべく、私たちは「神山まるごと高専(仮称)円卓会議」を開催しています。
自分たちだけで完結せずいつでもオープンに開いて、トライアルを重ねて物事を動かし続けよう、そんなキャラクターそのままに、それを参加型のイベントとしました。
第12回円卓会議テーマは「改革者と語る、時代を切り拓く学校の姿とは?」です。
文科省とGIGAスクール構想PJを最前線で推進してきた、まさに改革者である経済産業省の浅野大介さまをゲストにお迎えし、神山まるごと高専が「”時代を切り拓く学校”になり得るのか」ディスカッションしていきたいと思います!
2022年の円卓会議は、神山まるごと高専(仮称)の “教育” をより深く語る・共に学べるイベントになっています。奮ってご参加下さい!
【プログラム(予定)】
・第1部:浅野さんと考える「未来の学校」
・第2部:神山まるごと高専は時代を切り拓く学校になり得るのか?
ホスト紹介
学生にただ教えに 来るんじゃなくて、 先生も”学校に学びに来る” と言うのが理想です。
学校長大蔵 峰樹
— どんなことをしてきた?
僕自身が高専出身で、福井大学に編入後、大学院在学中に友人と有限会社シャフトを創業しました。ZOZOTOWNのサービス開発に携わったことをきっかけに、05年スタートトゥデイ(現 株式会社ZOZO)に入社して、15年 ZOZOテクノロジーズの前身となるスタートトゥデイ工務店代表取締役CTOに就任しました。そこではシステム全般をやっていて、サイトの管理システムの責任者や、倉庫管理システムと物流倉庫の両方の責任者を経験しました。
— なぜ学校に参戦したのですか?
きっかけは危機感でしたね。今のままでは「ものづくりができない、何者でもない学生」が生まれてしまうのでは、という感覚。でも決めたのは、それ以上のものがあったから。高専が日本で新設されるのは、20年ぶりのこと。高専卒業生として、新設校に初代校長として関わるのは、やりたくてもやれないチャンスだと思いました。高専の可能性には人一倍、確信がありましたからね。
— どんな学校をつくりたいですか?
魅力的な先生が集う学校をつくりたいです。学生にただ教えに来るんじゃなくて、先生も”学校に学びに来る”と言うのが理想です。自分自身も興味があって、学生と一緒に学ぶ。ただ自分の方がちょっと先輩だから、持っている知識を教えながら、学生たちとなにか一緒にやる。例えば学生と一緒に副業してみるとか!学生のみんなには、学んだことを、即座に使って、プロジェクトや学校外の活動をしてもらいたいです。
— 何が楽しみですか(やりたいことは?)
どんな学校長になりたいか、という質問がありますが、学生のロールモデルはやっぱり先生だと思うんです。先生が魅力的で、こんな風に人生を送りたいと思わせられることが大事だなぁと。逆に先生が疲れた顔でグチグチしていたら、何にも教わりたくないですよね(笑)。イメージは「正月にたまに会う親戚の楽しいおっちゃん」みたいな学校長です。「あのおっちゃんともっと遊んでいたいのに、帰らないと…」という言う存在になれればいいですね。
— 学生に対してメッセージをお願いします。
おぼろげながらでも、「何かを作ってみたいな」と思っている学生がいたら、”思い描いたものを作れる”ようにしてあげたい。僕は基本エンジニアなので、「デザインもわかって、モノも作れて、さらに事業も起こせる」という人間を育てられるといいなと思っています。今は明確にやりたいことや目標が決まっていなくても、全てにおいて、「何かをやりたい」であるとか、「何かをつくりたい」という情熱を持った学生に、集まってもらえたら嬉しいですね。
- PROFILE
- 1997年に福井工業高等専門学校 電子情報工学科卒業後、福井大学の3年次に編入。同大学院 博士後期課程修了 博士(工学)。在学中に友人と有限会社シャフトを創業。ZOZOTOWNのサービス開発に携わったことをきっかけに、2005年スタートトゥデイ(現 株式会社ZOZO)に入社し、技術責任者として開発を牽引。2015年ZOZOテクノロジーズの前身となるスタートトゥデイ工務店代表取締役CTOに就任。ZOZOTOWNを日本最大級のファッションECサイトへ成長させた立役者。
「自分で考えて、決めて、 行動していくこと」が 生み出す未来は、 本当にかけがえのないもの。
初代クリエイティブ
ディレクター山川 咲
— どんなことをしてきた?
フジテレビアナウンサーの娘として生まれ、2歳から1年以上ワゴンカーで全国を旅して、移り住んだ片田舎で薪でお風呂を焚いて生活…と周囲との違いに悩み続けた私でした。でも28歳の時に、そのアイデンティティこそが自分なのだと思い起業。“みんな違う人生に、みんな違う結婚式を作ろう”と、業界初の完全オーダーメイドの結婚式のブランド、CRAZY WEDDINGを立ち上げました。直後から業界に風穴を開けた革命児と呼ばれ8年間を駆け抜け、昨年2020年の3月に自分が創業したCRAZYから独立しました。
— なぜ学校に参戦したのですか?
きっかけは、ISAKを立ち上げた、心から尊敬する小林りんさんからの突然の紹介。当初、寺田さんから理事長として口説かれ、学校のことを2ヶ月ほど本気で議論する中で、「あなたが理事長をやるべきだ」と、寺田さんに迫った瞬間がありました。寺田さんが本気で覚悟を決めていく瞬間を目の当たりにして、「この学校は本当に面白いものになっていく」と確信して、私自身もこの高専に賭けようと思いました。
— どんな学校をつくりたいですか?
「自分の意志を見つけ育むことができる」学校をつくります。CRAZYを創業した時から大事にしていた「意志をある人生をひとつでも多くこの世の中につくる」という気持ちは昔から微塵も変わりません。この学校はそれに繋がる場所だと思っています。人間としての”強さ”や”深さ”を育み、追求できる場所にしたいですね。
— 何が楽しみですか(やりたいことは?)
自分で事業を興してきたメンバーが集まっても学校創りは、本当に驚くほど難しい。でも、よく話すんです。「起業っていいね。この歳でもまだ怒られたり、驚いたり、不安になったりして、自分に伸びしろがあるのを感じる」とか、と。世の中にまだないモノを作ろうと、大人たちがもがき、成長し、新しい自分に出会い続けています。学校でも学生にそんな大人たちに生で触れてもらえることが楽しみです。あと、入学式!想像したら今でも泣けます。笑
— 学生に対してメッセージをお願いします。
「15歳で、自分が未来を選ぶ」。世の中には当たり前の選択肢が常に存在していて、何も選ばずに生きることもできます。でも、大人になってから、「自分で選ぶ」ことを始めるのは、とっても難しい。「自分で考えて、決めて、行動していくこと」が生み出す未来は、本当にかけがえのないもの。高校を選択するというこの時期に、あなたが”自分の意志”に出会えることを願っています。
- PROFILE
- CRAZY WEDDING創設者。1983年東京生まれ。大学卒業後、ベンチャーのコンサルティング会社へ入社。退職後に単身オーストラリアへ。「意志をもって生きる人を増やしたい」と考え、2012年に業界で不可能と言われた完全オーダーメイドのウェディングブランド「CRAZY WEDDING」を立ち上げた。2016年5月には毎日放送「情熱大陸」に出演。その後、産休・育休を経てIWAI OMOTESANDOの立ち上げに携わる。2020年3月27日にCRAZYを退任し独立。2020年12月にホテル&レジデンスブランド「SANU」の非常勤取締役及びCreative Boardに就任。著書に「幸せをつくるシゴト」(講談社)。
自分が行きたかった 学校を作りたいし、 自分の子どもを入れたくなる 学校を作りたい。
理事長寺田 親弘
— どんなことをしてきた?
大学卒業後に三井物産株式会社に入社しました。その際に情報産業部門に配属された後に、米国やシリコンバレーでベンチャー企業の日本向けビジネス展開支援に奔走していました。帰国後は、社内ベンチャーの立ち上げ等を経て、2007年にSansan株式会社を創業しました。起業した時は、「天下をとりたい」くらいだった湧き上がる野心が、自分のやりたいことを真摯に向き合っていくとおのずと洗練されて、志になり、それを語っていくうちに成熟してきたように思います。
— なぜ学校に参戦したのですか?
僕は最初の1人ですが、Sansanを創業する前、前職時代にシリコンバレーに駐在した経験がありました。田舎からクリエイティブが生まれていく空気を肌で感じて、“シリコンバレーのような場所を日本でも作りたい”と思っていました。自分がやりたい社会貢献の形も、「人材作りだよな、教育だよな」という思いも高まり、2010年からSansanのサテライトオフィスを神山町に開設したご縁もあって、数年前から「神山町に高専を作ろう!」と、周りに言い始めました。
— どんな学校をつくりたいですか?
「モノを作る力で、コトを起こす人」を育てる。僕は、起業家として生きる考え方や能力を、学校で教えてもらったことはなくて。でも、本当は教えられるものというか、触発できるものだと思っています。野心的な少年に、圧倒的なチャレンジができる機会や、後押してもらえる環境は作れたはずだって。自分が行きたかった学校を作りたいし、自分の子どもを入れたくなる学校を作りたいです。
— 何が楽しみですか(やりたいことは?)
僕が目指している学校とその未来は、高専の卒業生から起業家がたくさん生まれること。アントレプレナーシップを持った様々な人が活動する発信地になっていてほしいし、そうなると思う。新しい人や企業がどんどん神山町に参加して、たくさんのイノベーションが生まれたら嬉しいし、誇らしい気持ちになります。そんな未来を実現する、「何か世の中に対して仕掛けたい」と思うような学生に、ぜひ神山町に来てほしい。
— 学生に対してメッセージをお願いします。
僕はキャラ的に、温かくみんなを包み込むような理事長ではないけれど、学生のみなさんには「真剣に生きている、かっこいい大人の姿を見せられるイノベーターな起業家」でいたいと思っています。何かやりたいものや、作りたいものが浮かんだら、すぐにやれるのが当たり前になる学校にするので、内に秘めた野心がある学生にぜひ来てもらいたいです!
- PROFILE
- 慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、三井物産株式会社へ入社。情報産業部門に配属された後、米国・シリコンバレーでベンチャー企業の日本向けビジネス展開支援に従事する。帰国後は、社内ベンチャーとしてデータベースソフトウエアの輸入販売を行う部門を立ち上げる。その後、関連会社に出向し、経営企画・管理業務を担当。2007年、Sansan株式会社を創業。
何かを捨て、 選んでいくことって、 今どの学生もその瞬間を 迫られていると思う。
カリキュラムディレクター伊藤 直樹
— どんなことをしてきた?
『WIRED』日本版のクリエイティブディレクターとしてデジタル・クリエイティブの領域を担い、現在はクリエイティブ集団の『PARTY』で代表をつとめています。その一方で、京都芸術大学やデジタルハリウッド大学で教鞭をとるなど、“教育者としての一面”もあります。過去には「BaPA(バパ)」というデザインとプログラミングの学校を開校したことも。
— なぜ学校に参戦したのですか?
この学校の目指す姿が、ぼくの考え方そのものでした。会社等で取り組んできたことでした。「この高専は、自分が理想としている“これから必要とされる人材”を育成できるのではないか”」とワクワクしたし、身震いしたのです。これまでの経験から「カリキュラムをつくる立場だったらできるかも」と思い参画しました。
— どんな学校をつくりたいですか?
いま社会の現場で必要とされているのは、「デザインとエンジニアリングが融合した学び方」です。この高専の最初の卒業生が出るのは2028年。その頃には、ひとりの人間が所有するIoTの数は飛躍的に増えているでしょう。CGが触れて、デザインもでき、電子回路がわかり、プログラミングできれば、試作品が作れる。おまけに投資家へのプレゼンまで上手だったら完璧ですね。
だから15歳から、一般高校で文系・理系の選択をするということが当たり前になっている現在から、この高専を選ぶという選択肢を増やせる学校にしたいです。
— 何が楽しみですか(やりたいことは?)
この学校で『モノをつくる力』と『社会と関わる力』を身につけることができれば卒業する頃には、起業家だけでなく、建築家、デザイナー、エンジニア、はたまたアーティストなど、あらゆる選択肢から自分の将来を選べるだけのスキルが身についていると思います。そんな学生を育てることや、その先の未来を作ることに挑戦することは楽しみです。
— 学生に対してメッセージをお願いします。
何かを捨て、選んでいくことって、今どの学生もその瞬間を迫られていると思うんです。
でもひとりで悩まないでほしいですね。学校では成績が伸びなくて悩む場面や、人間関係で悩む場面も出てくるでしょう。15~20歳の頃は、将来が想像できないことや、社会が見えてきたからこそ勇気が出ないということもある。神山まるごと高専に集う”面白い大人たち”をうまく利用して、スポンジのように吸収してどんどん成長していってほしい!
- PROFILE
- 71年静岡県生まれ。早稲田大学卒業。NIKEのブランディングなどを手がけるW+K Tokyoを経て、2011年、クリエイティブとテクノロジーの力で未来の体験を社会にインストールするクリエイティブ集団「PARTY」を設立。現在、代表を務める。京都芸術大学情報デザイン学科教授。デジタルハリウッド大学客員教授。アートを民主化するThe Chain Museumの取締役。スポーツ観戦をDXするStadium ExperimentのCEO。文化庁メディア芸術祭優秀賞、グッドデザイン賞金賞、カンヌライオンズ金賞など、250以上の国内外の広告・デザイン賞を受賞。
- 登壇者紹介
経済産業省サービス政策課長・教育産業室長・スポーツ産業室長
浅野 大介
東京大学経済学部、同大学院法学政治学研究科修了後、2001年経済産業省入省。石油産業の事業再編、大規模災害対策、航空・港湾の規制改革とAPEC域内の物流円滑化等の業務を担当後、2018年に1人1台端末とEdTechを活用した教育改革プロジェクト「未来の教室」を立ち上げ、文部科学省等とGIGAスクール構想を推進。またスポーツ産業室長として、DX時代のスポーツ産業の事業環境整備も担当